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【 メディア紹介 西日本新聞 他 】
建築士と施主を直接つなぐ、新しい家づくりの常識|【西日本新聞me】
【製造業の衰退と、家づくりの本質】
■失われゆく「ものづくり」の力
大資本はコストを求めて工場を海外へ移し、企業は短期的な利益を追い、消費者は安さだけを求めた……。 1970年代から始まった日本の「製造業の衰退」。
金融やサービス業が肥大化する一方で、「ものづくり」という国の力は、静かに、しかし確実に削られていきました。
■価値を生まない「仲介」の横行
この流れの中で増殖したのが、ブローカー的なサービス業です。 しかし、家づくりにおいて、その「仲介」は本当に必要でしょうか?
合理的に考えれば、「お客様」と「職人・建築士」の間に、価値を生まない仲介者(レントシーカー)は要りません。
本来、住まいとは、人と人が向き合い、手を動かし、共に創り上げるものだからです。

■コストが増えても、家は良くならない
家をつくるのは、いつだって「お客様」と「職人・建築士」です。 そこにブローカーが介在することで、支払う金額は増えます。 しかし、家の機能が増えるわけではありません。
余分な報酬(仲介料)を支払っても、 壁が強くなるわけでもなく、 断熱性が上がるわけでもなく、 暮らしやすさが増すこともないのです。
本当に必要なのは、住まいを形にする人と、住まう人の間に、「何も遮るものがない」ことだけです。

㈱清武建設一級建築士事務所
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電話:0120-01-5040 (定休日:火・水・GW・盆・年末年始)

継承の音 —看板なし工務店の物語—
第一章:棟梁の背中
1968年、その場所には看板すらなかった。 ただの「大工小屋」に見えるそこが、地域の家づくりの聖域だった。
先代の会長は、二級建築士の免状を持ちながら、自ら槌(つち)を振るう大工棟梁でもあった。設計図を書き、現場で左官や屋根職人を束ね、一軒の家を魔法のように組み上げていく。
「良い仕事をすれば、客が客を呼ぶ。看板なんて見栄はいらん」
それが会長の、頑ななまでの信念だった。広告宣伝費を一切かけず、その分を良質な木材と手間に注ぎ込む。その哲学を証明するように、注文の電話が鳴り止むことはなかった。
40年間、彼はただひたすらに、背中で「家づくりとは何か」を語り続けた。
第二章:静かなる葛藤
2005年。バトンは現社長へと託された。 しかし、時代は音を立てて変わり始めていた。
インターネットが普及し、情報は溢れ、人々のライフスタイルは多様化していく。
かつての「地縁・血縁」による紹介だけでは、新しい世代の家族(施主)に出会うことが難しくなっていた。
社長の胸には、会長から受け継いだ言葉が重くのしかかる。 「広告や宣伝は不道徳だ」
看板を掲げるべきか、情報を発信するべきか。それは先代への背信ではないのか。 葛藤の日々が続いた。
しかし、その悩みこそが、自分たちのアイデンティティを再定義する研磨剤となった。
第三章:守るべき「芯」、変えるべき「形」
いま、社長は確信している。 「お客様との出会い方」という形は変わっても、守るべき「芯」は変わらない。
現代の家づくりを見渡せば、複雑すぎる手続きや、本来の住まいの価値とは無関係なコストが積み重なり、価格ばかりが高騰していく。そんな「無駄」に、私たちは静かに異を唱えたい。
看板は掲げた。広告も出すかもしれない。 けれど、その根底にあるのは、あの看板のなかった大工小屋の精神だ。
「本当に良い家を、無駄のない価格で。」
時代に合わせた進化を遂げながら、私たちは今日も、一軒の家と、一人の施主に向き合っている。守るべきものを守るために、変わり続ける。それが私たちの選んだ、新しい「家づくりの道」だ。

轍(わだち)継承 ― 清武建設物語―
第一章:職人学校という名の修行
昭和の面影が色濃く残る、筑前町(旧夜須町)。戦後の復興という喧騒の裏で、家計の重荷を背負った一人の少年がいた。のちの清武建設会長、清武少年である。
高校進学率がわずか4割という時代。彼は学問の道ではなく、大工の門を叩く決意をした。「丁稚奉公(でっちほうこう)」――。
そこにあるのは、現代の労働基準では測れない「合理的な教育」だった。 「仕事は見て盗め」 その言葉通り、給料はない。
あるのは粗末な寝床と日々の食事、そして親方の背中だけだ。学費を払って通う高校や大学に対し、丁稚奉公は無報酬で技を叩き込まれる「職人の学校」だった。
「早く一人前になりたい」 その一心が、少年の指先に職人の魂を宿らせていった。当時は手間暇をかけた「純和風住宅」が当たり前のように建てられていた時代。大工の労働量は膨大だったが、この制度が日本の美しい町並みを支えていた。

しかし今、最低賃金が定められ、丁稚奉公が姿を消すと同時に、人件費の壁によって純和風住宅は高嶺の花となり、簡素な洋風住宅が主流となった。時代の利便性と引き換えに、失われた景色があった。
第二章:棟梁としての誇り
十年という歳月を経て、少年は一人の「大工」として立ち上がった。 筑前町の小さな農業共同体。そこでは看板など必要なかった。仕事ぶりが評判を呼び、口コミが次の現場を連れてくる。清武は「棟梁」として信頼を積み上げていった。
時代は動く。田中角栄による建築士制度の施行。大工の腕一本で渡ってきた清武だが、法規の壁が立ちはだかる。二十代後半、彼は夜間の建築専修学校へ通い、二級建築士の資格を手にした。
それから四十余年。設計から施工まで、すべてを自らの手で完結させる「元請け」の誇りを貫いた。今も残る彼の手書き図面には、屋根の優美な「反り」や「起(むく)り」が緻密に描かれている。それは、効率化の波に消えゆく職人の美学そのものだった。
第三章:衝突と、新たな夜明け
月日は流れ、清武も寄る年波には勝てなくなった。大工としての仕事量を減らし始めた頃、一人の男が立ち上がる。上場企業の不動産・設計部門で中間管理職を務めていた、現社長である。
「会社を継ぐ」 その決意は、父である会長との激しい衝突を生んだ。 「良い仕事をしていれば、看板などいらん」 会長は広告宣伝を、職人としての道徳に反するものだと断じた。一方、現代の荒波を知る息子は、情報発信なしに会社を守ることは不可能だと確信していた。
譲れない二つの正義。息子(現社長)は、父とは別の場所で歩み出す道を選んだ。 東区箱崎ふ頭。わずか九坪の小さな事務所。そこが「清武建設・博多支店」としての、再出発の地となった。
※現在は、箱崎7丁目2-14で営業中です。

二〇一二年、拠点を現在の箱崎へと移し、新たな歴史を刻み始める。
かつて衝突した会長の「広告宣伝・不道徳論」は、今では息子(現社長)にとって、家づくりのプロセスを真摯に見つめ直すための大切な指針となっている。
現在、会長は良き協力者として、静かにその背中を見守っている。 筑前町で生まれた職人の魂は、箱崎の地で現代の形へと姿を変えながら、今も確かに息づいている。

士事務所・口コミ・評判の時代より注文住宅の時代の変化について ハウスメーカー
【家づくり「架け橋」は誰の為】
会長は今でこそ良き理解者だが、かつて現社長はその「宣伝不要」という信念に頭を抱えたことがあった。 「いい仕事をすれば、次の仕事も来る」
その言葉通り、看板も出さず、営業マンも置かず、ただひたすらに現場と向き合い続けて四十年。会長の背中には、常に途切れることのない依頼が寄り添っていた。
かつて、昭和の家づくりはもっと素朴だった。近所の大工に直接頼む。そこには「お客様」と「つくり手」の、体温が伝わる距離感しかなかった。
しかし、現代はどうだろう。 「豊かな社会」の名のもとに、生産者と消費者の間には、幾重もの「仕組み」が積み上げられている。
住宅相談所⇨営業宣伝⇨設計士⇨現場段取り係⇨職人――。 家を建てる人の不安を解消するという建前で増設されたその階段は、実は誰のためのニーズなのだろうか。

「建築士と職人がいれば、家は建つ」 会長の考えは、今の時代には極端に聞こえるかもしれない。 だが、家づくりの本質は驚くほどシンプルだ。
お客様の想いを聴く『建築士』と、それを形にする『職人』。この二者がいれば、本来、それで十分なのだ。

多くの介在者が増えるほど、コストは膨らみ、責任の所在は曖昧になる。 職人はハウスメーカーから「お客様と直接話してはいけない」と禁じられるという。現場の真実が、営業的トークと食い違うからだ。
つくり手の意見が届かない家づくりで、職人の「やりがい」はどこへ行くのだろうか。日本の誇る伝統文化は、この複雑な仕組みのなかで、静かに消えていこうとしている。
今の時代には、瑕疵保険制度という確かな守りがある。 第三者の厳しい検査があり、品質は担保されるようになった。 ならば、必要以上の「介在」はいらない。
清武建設の体制は、あの頃と同じ、シンプルそのものだ。
『お客様(施主)』 ⇔ 『弊社建築士』 ⇔ 『職人』
余計なものを削ぎ落とした先に残るのは、適正なコストと、つくり手の純粋な情熱。 職人の「いい家を建てたい」という想いが、お客様の「良い暮らしをしたい」という願いに直接響く。そんな当たり前で、贅沢な家づくりを私たちは続けていく。
一緒に、家づくりを楽しみませんか。 その相談の先にいるのは、営業マンではなく、図面を引き、現場を知る建築士です。
㈱清武建設一級建築士事務所
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電話:0120-01-5040 (定休日:火・水・GW・盆・年末年始)

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【和洋の庭比較】
庭まで手が届かない時代かもしれませんが、書いてみます。
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夫婦共働きのダブルインカムで、
注文住宅を決断する方も多い。
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『庭を眺める』、『庭の手入れ』、
そんな余裕は、なしと思います。
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そこで、手入れが少ない、
小さな「坪庭」をご提案。
季節の花や植木を、
少し植えてみませんか?
・

イングリッシュガーデンは、
自然に見せる庭作りですが、
左右対称の幾何学的、支配者視点で、
一点からの見る西洋庭園が多い、
・
日本の庭は、一点の眺めでなく、
様々な角度で眺めても、
左右対称ではない為、美しい。

・
日本の庭は、アニミズムである。
自然界は左右対称ではなく、
・
石一つ、樹木一つ、
魂が宿るような思いで、
庭に配置し、調和させる。
・

一つの主張(神)ではなく、
アニミズムであり、
・
調和、共存する考え方が、
日本の庭、『和の心』だと思う。
・
別府温泉(地獄)のような自噴は
自然界に存在しますが、
・
自然の摂理での水の動きは
『下』から『上』でなない。

・
自然界も制覇する概念が、
噴水を造り、西洋の庭は、
左右対称なのかもしれない。
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(とはいえ、ラスベガスのホテル、ベラッジオ、日本の技術で造る噴水ショーは感動でした。)
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日本の庭は、『山』を背後に造り、
上流~下流の『川』の蛇行を
玉砂利、白砂を敷いて表現。
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手入れが楽な坪庭で、
そのような事を考えるのも、
楽しいと思います。
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■ 注文住宅設計(施工)実績
※弊社施工実績の近隣も工事可能です。
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鳥栖市、みやき町

